奈良 魚佐旅館  
お問い合わせ
奈良 魚佐旅館
| トップ |
 

奈良きたまち地蔵めぐり

今から約440年程前、この地に多聞山城という近世城郭史上画期的な造りのお城が建っていました。
四層の天守をそなえ,多聞櫓をめぐらし,能舞台が有り茶室で茶会が行われました。
織田信長はこの城をまねて安土城をつくったといわれます。城下には「都市」もつくられていたようです。
今は若草中学校になっている階段を登ればきたまちが一望できます。
またこの界隈では町のあちこちで地蔵石像に出会います。
称名寺の千体地蔵を見て頂きたいのですが、あの四角い地蔵さんがこの町の栄枯盛衰を見つめてきました。
江戸時代は京街道沿いに旅篭や商店が立ち並び大変賑わったところです。
明治時代の美しい建物も残っています。現在奈良女子大のあるところは奈良町奉行所がおかれたところです。農家のたたずまいを今に残す法蓮格子の家もみのがせないところです。
東大寺や正倉院といったおなじみの観光コースもありますが、初めてきたのになぜかほっとする界隈、奈良町とはひと味違う街並を発見できます。
南都八景にもでてくる佐保川沿いに歩かれても,蛍こそいませんが四季折々の水面の表情にこころなごみます。

奈良きたまち地蔵めぐりマップ
下の地蔵名をクリックして下さい。
それぞれの写真にジャンプします。
   
 1.夕日地蔵
 2.見返り地蔵
 3.矢田地蔵
 4.北向地蔵
 5.佐保川地蔵
 6.しあわせ地蔵
 7.川中地蔵
 8.川中地蔵
 9.丹後光地蔵
10.延命地蔵
11.千体地蔵
 
 

般若寺   植村牧場喫茶コーナー 地図に戻る
般若寺   植村牧場喫茶コーナー  
    しぼりたての牛乳で作ったソフトクリームなどがあります。

奈良少年刑務所   夕日地蔵 地図に戻る
奈良少年刑務所   夕日地蔵  
明治41年7月完成の赤レンガづくりの洋風建築。建物は美しく、創建当時は奈良監獄署で、受刑者の手によって建築された。   興善院町,会津八一が「なんきょううたまくら」のなかでこのお地蔵さんを歌っている。空海寺の矢田地蔵が「朝日地蔵」でもあるらしい。

北山十八間戸   見返り地蔵 地図に戻る
北山十八間戸   見返り地蔵  
    五劫院「だれも忘れていないか」「だれも置き去りにしていないか」と何度も振り返りながら衆生の心配をしてくれるありがたいお地蔵さん。ここには六地蔵さんもおられる。

五劫院   北向地蔵 地図に戻る
五劫院   北向地蔵  
    今在家町 お地蔵さんの故郷は「からだせん」という所。日本からは北の位置。お地蔵さんもホームシックになられても良いじゃないですか。

空海寺  
空海寺/矢田地蔵
地図に戻る
空海寺   空海寺/矢田地蔵  
    空海寺をはいったところにある大きな光背に十王、閣魔閣羅、地蔵の審判官を従えておられる。矢田寺からこられた。

佐保川地蔵   しあわせ地蔵 地図に戻る
 佐保川地蔵  

しあわせ地蔵

 
正9年9月奈良市の上水道工事に際し、今在家町橋下より発見され佐保姫屋社の横に祀られた。鎌倉期前後の様式を残している。
  手貝町会所の横にある 昭和15年国道24号線拡幅工事の際に、東大寺境内より発掘されたもので江戸時代の作と推定されており、
町内で幸せ地蔵と呼ばれて親しまれている。

転害門   いとくい餅 地図に戻る
転害門   いとくい餅  
東大寺の西門のひとつで手掻門ともいわれ東大寺大仏殿の再建の為来ていた源頼朝を討とうと悪七兵衛影清がかくれていたので影清門とよばれる。   和菓子が美味しいです。

多門城跡   多門城跡より望む 地図に戻る
多門城跡   多門城跡より望む  
     

天武天皇・光明皇后陵   川中地蔵 地図に戻る
聖武天皇・光明皇后陵   川中地蔵  
     

川中地蔵   延命地蔵 地図に戻る
川中地蔵   延命地蔵  
御門地蔵尊 東大寺大仏池からの水路と吉城川がここで合流している。
今は、暗渠・道路となっているから分かりにくいが、このあたりは山池から盆地への、低地の初めであり河川に大雨が流入すると増水し、水浸しとなってしまう。
治水を願って祀られたのであろうか。
  北半田中町 親が子供の健やから成長を願い、子や孫が親や祖父母の健康、長寿を願うのが延命地蔵さんです。

依水園   奈良女子大/奈良女子大記念館 地図に戻る
依水園   奈良女子大/奈良女子大記念館  
    もともとは奈良女子高等師範学校の本館として明治42年10月に建てられたもので現在奈良女子大学記念館とよばれて、記念資料が展示されている。
平成6年に国の重要文化財に指定されている。

称名寺   称名寺 地図に戻る
称名寺   称名寺  
     

称名寺/千体地蔵   称名寺/千体地蔵 地図に戻る
称名寺/千体地蔵   称名寺/千体地蔵  
国時代の勇将松永久秀が永禄三年に築いた多聞山城の城壁に用いた地蔵石像で落城後、第19代観阿上人が貞享年間に集めて祀られたもの約千九百体あるという。きたまちの地蔵さんは同じ姿をしておられるのが多い。    

称名寺   称名寺
称名寺   称名寺  
     
奈良 魚佐旅館 〒630-8374 奈良市今御門町15(猿沢池畔)TEL:0742ー23ー6035 FAX:0742ー23ー6039 プライバシーポリシー
当ページはリンクフリーです、リンクに際しての連絡は必要ございません。